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春の風 札所の色彩は「渋い」イメージがありますが、それは先入観でした。各地で意外にも華美とも言える色彩に手合うことがありました。この五色の幕もそのひとつです。その幕が不規則に風に揺れるさまは、なんとも不思議で、仏様が動かしているのではないか。そんな錯覚を起こすものです。 第二十二番札所 平等寺にて |
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春疾風 絵馬は人々が願いを書いて奉納するものですが、この絵馬は寺に芳志を奉納なさった方々の名が書かれていました。乾ききっている絵馬は、強風に煽られて打楽器のように音楽を奏でていました。春の強い風、春疾風が絵馬を(パーカッション)打楽器にしてしまったという一句です。 第二十一番札所 太龍寺にて |
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東風(こち)強し 春先に吹くやや強い春の風を東風(こち)と呼びます。札所の樹木は雪の重みに堪えたり、吹く風をいなしたりして生き続けてきました。大杉の先端は、この日の強い風に翻弄されていました。風が大杉に挑戦しているかにも見えました。自然との静かな闘いを見たような気がしました。 第二十番札所 鶴林寺にて |
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榴々(こぶこぶ)の 「びらんじゅ」という珍しい亜熱帯性の樹木に手合いました。各地の札所には、大変に珍しい植物があります。信者にとって札所が大切な場所ですから、信者が手に入れた珍しい物を真っ先に奉納したのでしょう。それが土地になじんで歳月を経て瘤だらけになっているのもありがたくうれしいものです。 第十八番札所 恩山寺にて |
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ひしゃくより 「手水」と書いて「ちょうず」と読みます。その水溜めを手水鉢と呼びます。お遍路さんは手水でのどを潤し、手の穢れを洗い落とします。手水は寺の入り口にあって、参拝者を清めてくれるものですから、頭の芯がじんとするほど冷たいぐらいが、なぜか神聖な感じがするものです。 第十七番札所 井戸寺にて |
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御降(おさが)りや 正月三が日に降る雨や雪を「御降り」と呼びます。新年の季語です。雨は天からの授かりもの、正月から降って下さるから今年も豊作だと喜ぶのです。冬の間につけた芽を赤く染めていました。植物は水を与えるといのちの輝きを増すもので、色彩も驚くほど深いものになります。 第十四番札所 常楽寺にて |
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裸木と 「葉」を落としている冬の木は「裸木」とか「枯れ木」と呼ばれる季語になっています。夏場は鬱蒼と生い茂る藤も冬は竜骨のような裸木となります。樹齢も判然とせぬ藤の老木は見る者を圧倒します。私は藤の棚を見上げ、裸木も鑑賞に値するものだと知ったのでした。 第十一番札所 藤井寺にて |
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渋柿を 渋柿は鳥たちも敬遠するのでしょうか、いつまでも枝にあります。秋の空はどこまでも澄んでいて心洗われる思いでした。柿の赤い色と空の青さが見事なコントラストをなしている。この柿は空の青さを強調するためにあるような・・・そんな気がしました。空の青さに感動した一句です。 第九番札所 法輪寺にて |
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鯉口を 私たちの暮らしに身近な観賞魚の中でも鯉は人になついて恐れず親しみのもてる魚の筆頭です。悠々としたさまは焦っては駄目だよと教えてくれるかのようです。冬場は動きの鈍い鯉たちもこの日はあたたかな陽を浴びて泳ぐともなくゆったりと過ごしていました。見ているだけで心が落ち着くものです。 第六番札所 安楽寺にて |
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大日寺 札所寺の魅力のひとつは「手つかず」の自然にあります。三方を山に囲まれている寺も多いが大日寺もそのひとつ。まるで三曲屏風をめぐらしているようです。その屏風が紅葉しているとあればお遍路さんたちは思わず目を奪われます。大自然はそもそも美しいものなのです。 第四番札所 大日寺にて |
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冬空を 空を突きあげ冬の大樹たち…札所を巡って心を打たれるのは自然の威容です。そのひとつに大樹があります。何百年と生きた瘤々の楠や苔生した杉の大樹を仰いだとき敬虔な気持ちになります。自然の偉大さは大樹が天に向かって伸び続ける力強さに打たれます。 第十二番札所 焼山寺にて |











